<土木・建築分野における多様な知的財産戦略その3>
⑵ 知的財産のベストミックス戦略
知的財産には、特許の他にも、実用新案、意匠、商標、著作権、不正競争防止などがあり、これらの知的財産を適宜、組み合わせて新技術の複合的な保護と活用を図ることも有効な手段となります。
以下に知的財産について簡単にご紹介します。
① 実用新案権
新技術を開発したが特許権を取得するほどの高度な技術でない場合、予算が逼迫しているが何らかの権利を保有しておきたい場合、製品寿命が短いため長期間の保護が不要である、といったような場合に取得します。
出願から半年程度で登録され、また費用が低廉であるといったメリットがある一方で方法は保護対象とならず、また実体審査をせずに登録されるため権利が不安定であるといったデメリットも存在します(権利が不安定とは、権利化した後に無効審判によって権利が無効となる可能性が他の産業財産権よりも高いことを意味します)。
重要な新技術や新工法は厳格な審査を経た安定した権利である特許権を取得し、ライフサイクルの短い簡易な新製品については実用新案権を取得するというように使い分けることが重要となってきます。
建設業においては、例えば、簡易ブロック、工事用シート、ベンチ、型枠、アンカー、蛇篭、連結具、ロックボルト、土のう、などが実用新案として考えられます(ただし、これらを特許とすることも可能です)。
② 意匠権
意匠権とは、製品デザインを保護する権利です。意匠権は登録から20年という長期間にわたり保護されます。
斬新なデザインが好評を博し、それによりその製品や企業の知名度が上がり、ブランドの構築に寄与するといった効果が期待されます。
また、せっかく新製品を開発してもその技術的側面からの保護である特許や実用新案のみ取得し、意匠権を取得していない場合には、多額の開発費用と労力を投じ、新製品を開発し、製品デザインを作り上げ、発売に及んでも、競合他社により技術を回避しつつデザインだけを模倣した競合製品が販売され、自社製品の売り上げが落ちてしまうことも起こり得ます。
このような事態を回避するためにも意匠権も併せて取得するという選択を知財戦略に組み入れてみることも重要となってきます。
建設業においては、例えば、コアドリル、鋼材、継手用パッキン、スペーサー、緊結金具、土木建築用ブロック、矢板等の仮設材、ハンマー、治具、補修材、型枠などが意匠として考えられます。
ただし、プレハブ構造のような動産的態様で取り引きすることができる物を除き、完成した構造物やインフラのような不動産は今のところ保護することはできません(ただし、意匠法の改正がなされ、2020年には現在は認められていない建物の内外装が意匠の保護対象となります)。
③ 商標権
商標についてはご存知の方も多いと思いますが、自社の取り扱う商品やサービスと他社のものとを区別するために使用するマーク(標識、ネーミング、ロゴ)のことをいいます。そのマークは文字、図形、記号、立体的形状やこれらの結合、またはこれらと色彩とを結合して構成することができます。これらのマークに加えて、最近導入された音や動きなどの新しいタイプの商標も保護対象となっています。
特許権や意匠権は権利者の保護が主目的ですが、商標権は権利者だけでなく、商標が付いている商品やサービスを利用する消費者の保護も目的としています。例えば、他社が自社製品と同じマークの粗悪品を製造販売すると、消費者が間違ってその粗悪品を購入してしまい、不利益を被るだけでなく、自社商品やブランドイメージも壊れてしまいます。このようなことを防ぐのが商標権ということになります。
新技術、新製品が完成すれば技術は特許権、実用新案権で守り、デザインは意匠権で守る、そして製品に看板としての名前を付けて、それを商標権で守ります。その名前が製品の品質、価値と相まって長く親しまれると、信頼のシンボルマークとなり、ブランドとして企業の看板にもなっていきます。
製造業で行われている技術や素材、成分等に着目したテクノロジーのブランド戦略を建設業においても可能だと考えられます。
例えば自社の技術(工法や建材)に発注者、元請業者のみならず建設現場近くの住民などが知覚しやすいネーミングを付けることで、自社技術のブランディング化を図るといった方法が考えられます。
知的財産権として最もよく使われる特許権には、原則として出願から20 年間という期限があり、また権利が侵害されたかどうか判別することが難しいというデメリットがある一方、商標権については権利が侵害されたかどうかの判別はしやすく、また、商標権は更新することが可能であるため、特許権は切れても、更新を繰り返すことで半永久的に商標権で保護しつづけるということも可能となります。そのため、特許や意匠のみに依存せず、商標権をうまく活用することは重要な知財戦略の一つになると考えられます。
④ 著作権
著作権は、思想又は感情を創作的に表現したものを著作物として保護するものであり、例えば、小説、論文、音楽、絵画、彫刻、建築、図形、映画、写真、プログラムなどが当たります。
著作権は、著作物の創作と同時にかつ自動的に発生するもので、特許などのように行政庁へ出願し審査を受け登録を受ける必要はありません。
例えば、創作性の高い製品(応用美術品)あるいは製品に付属するマニュアル、営業活動で利用する資料なども著作権で保護される場合があります。
著作権の保護期間は、他の権利と比較すると極めて長期間で、原則として創作日から創作者の死後70年まで、または著作物が職務上創作された法人著作物などの場合は創作日または公表日から70 年までとなります。
著作権者は、著作物の利用について独占権を有することになり、他人が無断で著作物をコピー等した場合にはこれを排除することができます。
建設業においては、例えば、図面、仕様書、技術論文、報告書、ソフトウェア、建築物、工事・製品写真、工事の記録映像などが保護対象になると考えられます。
ただし、建築物が保護されるためには、いわゆる建築芸術と認められるほどの高い独創性が求められるため、著作物として著作権により保護されるにはハードルが高い点に留意する必要があります。
また、著作権の登録をしておくことにより、侵害された場合の訴訟における立証を容易にするという効果を発揮することになります。
⑤ 不正競争行為の防止
知的財産権を取得せずに、自社の競争力の源泉となるノウハウや企業秘密に関するものが意図せずに他社に流出した場合、他社がそれを利用して市場に参入し価格破壊を生じさせて自社の競争力を喪失させるといったことが起こり得ます。
このような自社に対する不正競争行為については不正競争防止法によって保護することができます。
不正競争防止法は事業者間の公正な競争を確保するために、不正競争行為を取り締まる法律です。この法律では、禁止する不正競争行為を列挙しており、特許などのように権利の登録は必要ありません。例えば、自社の周知・著名な商品等表示(氏名、商号、商標など)を無断で使用したり、発売後3 年以内の商品形態を模倣したり、事業上の秘密を競合他社に漏洩るといった不正行為をしたような場合に民事及び刑事による救済が受けられます。
ただし、企業秘密が保護されるためには、適切に管理されていることが必要であり、ノウハウや技術情報が自社内で適切に管理されるよう営業秘密管理規定や技術流出防止規定などを作成して、運用していることが必要となります。
建設業においては、例えば、新工法の内容、新製品の製造方法、資材の配合、設計・施工図面、仕様書、見積書、作業ノウハウ、発注者リスト、技術提案書、研修資料などが企業秘密として考えられます。
また、平成30年法改正により、一定のデータも保護対象となりました。工事現場などにおける各種の計測データなどは貴重な財産となりますので、これが適切に保護されることになります。