知的財産法の改正について
第196回国会におきまして知的財産法(特許法、著作権法、不正競争防止法)の改正案が成立し、平成30年5月30日に公布されました。主な改正の概要は以下の通りです。
1.特許法
裁判所が特許権の侵害訴訟において、当事者に対して、侵害行為を立証するため又は損害計算をするために
必要な書類の提出命令を出すに際して、非公開(実務では「インカメラ」ともいいます)で書類の提出の必要
性を判断できる手続が創設され、また、専門委員がインカメラ手続に関与できるように改正されました(改正
特許法105条)。
2. 著作権法
① 保護期間の延長
TPP11(米国を除く環太平洋経済連携協定)の発効に伴い、従来、著作権の保護期間が著作者の死後また
は著作物の公表後50年であったものが70年に改正されました。なお、映画の著作物は従前どおり公表後70年
のままです(改正著作権法51条等)。
② デジタル化・ネットワーク化に柔軟に対応した権利制限規定の整備
日本版フェアユースと称される権利制限規定が導入されました(改正著作権法30条の4等)。この規定は、
我が国の企業風土を考慮して、米国のフェアユースのような包括的な権利制限ではないものの、明確性と柔
軟性を適切に組み合わせた多層的な構成とすることで、デジタル化やネットワーク化の進展に柔軟に対応で
きる法制度の構築を目指したものです。
なお、米国のフェアユースとは、著作物を公正に利用する場合、例えば、批評、解説、報道、学問、研究
を目的とする場合には、著作権者の許諾を得ずに利用しても、著作権の侵害にあたらないとする考え方をい
います。
③ 教育の情報化に対応した権利制限規定の整備
従来、ICT(Information and Communication Technologyの略。情報通信技術の意)を活用した教育に
ついては、遠隔授業に関して対面授業を隔地同時中継する場合に限って、その授業で利用する著作物をネッ
ト送信する行為について権利の制限がなされていました。
これでは、十分な著作物の利用ができないことに鑑みて、補償金の支払いを条件として、学校その他の非
営利の教育機関が、予習・復習資料の送信、多様な同時遠隔授業、オンデマンド型のe-ラーニングなどにお
ける著作物の利用をする行為について権利を制限することとしました(改正著作権法35条等)。
また、従来、紙の教科書への著作物の掲載に限って権利制限の対象としていたものを、デジタル教材への
著作物の掲載やその利用についても権利制限の対象となりました(改正著作権法33条の2等)。
3. 不正競争防止法
① データの保護
法改正により、「限定提供データ」を不正に取得したり、使用したり、開示したりする行為などを不正競争
行為とし、差止請求や損害賠償請求の対象とされました(改正不正競争防止法2条1項11号~16号)。ただ
し、刑事罰の適用対象とはしていません。
この「限定提供データ」とは、法律上「事業として特定の者に提供する情報として電磁的方法により相当量蓄
積され、及び管理されている技術上又は営業上の情報をいう」と定義されています(改正不正競争防止法2条7
項)。
従来におきましても、創作性のあるデータは知的財産法において保護されていました。例えば、以下のよう
な場合です。
⒜ 著作権法では、データベースを著作物の対象としています。
⒝ 特許法では、あるシステムにおける情報処理を可能とするデータをデータ構造として発明の対象とし
ています。
⒞ 不正競争防止法では、営業秘密となるデータを不正に取得などした場合には不正競争行為としていま
した。
⒟ 民法では、不法行為や契約違反の場合には、違法行為としていました。
しかし、工場の稼働データといった創作性のないデータ、秘密管理がされていなかったデータは知的財産
法では保護されず、民法における保護も差止めができないなど不十分な保護しかされていなかった状況にあり
ました。
このような不十分はデータの保護では、現在進行しつつあるIoT、ビッグデータ、AI、ブロックチェーン、
シェアリングエコノミー、ロボティクスなどといった第4次産業革命に対応することが困難であると予想され
ます。一方、高付加価値のあるデータは企業の競争力を高め、その利活用により新たな事業を創出し、経済の
活性化につながる反面、一旦、データが不正に利用されると、データの収集・加工に多大な投資をした企業に
とっては大きな利益獲得の機会を喪失してしまうことになります。
そこで、今般の法改正により、データを安心して取引できる環境を整えることとしたものです。
保護されるデータの具体例を以下に示します。
● 自動車メーカーが、災害時に道路状況を把握するために公共機関に提供する「車両の走行データ」
● 消費者の動向を調査する企業が、商品開発や販売戦略を立てるために各メーカーに提供する加工した
「購買データ」や「小売店のPOSデータ」
● 携帯電話会社が、イベント時の交通渋滞緩和や外国人向けの観光ビジネスなどに役立てるためにイベ
ント会社や自治体などに提供する携帯電話の位置情報データを加工した「人流データ」
② 暗号等の技術的制限手段の範囲の拡大
従来の不正競争防止法では、音楽・映画・写真・ゲーム等のコンテンツの無断コピーや無断視聴を防止する
ための技術、例えば、SCMSなどのようにコンテンツに信号を付してコピーを制限したり、コピーしようとす
ると真正データを伝送せずに雑音を入れたり、WOWOW等のスクランブル放送のようにコンテンツ自体を暗
号化して契約者以外の視聴を制限したりする手段のことを総称して「技術的制限手段」と規定していました。
そして、この技術的制限手段の効果を無効化する一定の装置またはプログラムを譲渡・引渡し・輸出入など
する行為を不正競争行為として規制していました。
ただし、旧法では、影像、音、プログラムに施されていた技術的制限手段を無効化する機器やプログラムの
譲渡等を規制対象としていたため、「電磁的に記録された情報(データ)」に施された技術的制限手段の無効
化、技術的制限手段の効果を妨げる機能を有する「指令符号」による無効化、利用者に代わって技術的制限手
段の効果を妨げるサービスの提供は不正競争行為に該当しませんでした。
そこで、デジタル化、ネットワーク化の進展に備えるため、今般の改正により、これらの行為を不正競争行
為に追加して、保護の強化が図られました(改正不正競争防止法2条1項17号・18号、同法2条8項)。
追加された不正競争行為の具体例を以下に示します。
● AIの深層学習に用いられるデータやコンピューターゲームのセーブデータに施された技術的制限手段
を無効化する機器の譲渡等
● ソフトウェア認証コードをネットオークションで販売したり、不正に得たシリアルコードをインター
ネットに掲載する行為
● セーブデータを改造するためにプロテクト破りを代行するサービスを提供したり、不正アクティベー
トを施したソフトウェアを内蔵するPCを提供するために、不正にアクティベートする行為